耳の奥で声がする。
知っているはずの声。
だが、まったく覚えがない。
不思議だった。
不快感はない。
寧ろずっと聞いていたかのような錯覚さえある。
一体この声は何なのか。
分からない。
ただ、ずっと優しい声で"季史"と囁いている。
それが誰を指すのか、私には分からない。
だが漠然と私のことだと思う。
しかし私は記憶を持ち合わせていない。
裏付けが出来ない。
「季史…大丈夫よ」
何が大丈夫なのか。
貴女は私の何なのか。
私は、貴女の呼んでいる人物なのか。
誰にも気付かれない私が、本当に貴女の望んでいるその人なのか。
果てのない闇の中に佇んだまま進めずにいるこの私が。
誰かに必要とされたく、誰かに認めてもらいたく、誰かに愛してもらいたく、でも術を知らない。
まるで幼子だ。
やはり今日も雨が降ってきた。
片手を差しだし、雨を受ける。
冷たいはずの滴がどうしてか暖かく感じた。
霞むが故の孤独さよ