「あなたさえ、居なければ・・・っ!」








はため息をつく。



「穏やかな状況じゃありませんねぇ」


「何を呑気にっ!」


「別に呑気じゃありませんよ。私の喉元に突きつけられている鋭い刃があるのですから」





そう、今の喉元には短剣ではあるが、研ぎ澄まされているであろう刃が触れている。


もう少しでも力を加えてしまえば、赤い道が作られる事であろう。




しかしそうしないのは相手も傷つけたくないという思いがあるから。





「あなたが居るから・・・友雅殿はっ」


「はぁ・・・まったく、あの方はどうしてこうもわたくしに揉め事を持ってきてくださるのかしら?」






目の前に居る女性。

金持ち貴族の一人娘だそうだ。

見目麗しい容姿ゆえ、婚約者も多いとのこと。


だが彼女は一人、唯一自分に振り向かない殿方を恋い慕っている。





橘友雅。





北の方もいる列記とした夫だ。


側室も迎えず、妻一筋だという。


女性からしてみれば、あれ程美しく頼もしい男性に一途に愛されるというのは格別なのだろう。



もちろん、彼女だって憧れていた。


友雅殿の北の方になれたらどれ程素敵だろうか。


しかし、友雅が彼女に靡く事は無かった。




「大して美しくも無い、十人並みの容姿の貴女がどうしてっ!」




彼女は容姿に対して溢れかえる程の自信を持っていた。


それに対しては特別美人という訳ではなかった。


言われたように十人並みの顔の整い、髪だって彼女の方が長いし艶を放っている。



彼女の自分に対する自信は、一人娘ゆえ、家の者は挙って彼女を褒め甘やかし、

求婚者は彼女の容姿を絶え間なく褒め称えた。



それが原因だろう。








「十人並みって・・・・まぁ否定は出来ませんが・・・」


「煩いっ!貴女が消えてくだされば、友雅殿は私を選んでくださる!」



「また・・・それはすごい自信で」


「当たり前よ!私と貴女じゃ比べるのが可哀想なほどよ!」


「・・・・左様で」







呆れを通り越して、哀れみを感じてきてしまっている



どうしてそこまで言えるのか。


一体あなたの女性特有の控えめさは何処に行ってしまったの?と問いかけたい。




はもう一度ため息をつく。







「これを言うとわたくしの自惚れの様に聞こえるでしょうが・・・・」


「何よ」





「わたくしに剣を向けては駄目。死ぬ事になってしまうわ」








彼女はまったく意味が分からないようだ。








「状況分かって言ってるの?今死にそうなのは貴女よ」



「えぇ。今の状況はね。でもね?」






は目を閉じ、一度肺の中の空気を全て出すようにため息をついた。


目を開けるとそこにあったのは吸い込まれそうになる緋色の瞳だった。



一瞬たじろぐが、彼女も睨みを効かせる。







「我が夫は、わたくしに危害を加える者には容赦ないのよ」


「はっ。今この場所に友雅殿は居ないのよ?どうやって─────」















「すまないねぇ。私ならここに居るのだが?」








彼女が驚き振り返るとそこには橘友雅が笑顔で真後ろに立っていた。

体ごと友雅に直り、数歩後ろに下がる。



笑顔の癖に、そこにあるのは笑顔じゃなかった。


雰囲気に飲み込まれてしまいそうで、怖かった。












「と、友雅殿・・・」





「私の可愛い人に、何をしてくれていたのかな?」



「っわ、私は・・・・」






笑顔のまま彼女に近付いていく友雅。

言い訳をしようとしても、言葉が、声が出てこない。


それほどの剣幕出、友雅は彼女に迫っていた。





初めて知った時感じたものは、絶望だった。

私以外の人で、もう北の方が居るだなんて。


でも、きっと私よりも美しい方なんだわ、と思い込んでしまった。



本人を見た時は、知った時よりも衝撃が大きかった。

だって、何処にでも居るような女性だったんだもの。




私のほうが美しいのに。



それなのに、友雅殿は私なんか見もせず、北の方を見ている。


悔しかった。


思い知らせてやりたかっただけなのに。





「言っておくがね」


「っ」





友雅は彼女の手から短剣を優雅に奪い取り、見惚れるような動作で刃を首筋に当てる。





瞳には、冷たい光が映っていた。






「彼女に何かしたら、君を殺しに行く」


「っ」




低く甘いはずの声。



女性に愛を囁く時と同じ声なのに、どうしてこれ程背筋が凍るのか。
















「君のその自慢の美しい顔を、目も当てられないくらいに引き裂いてあげるよ」





























「あそこまで言わなくてもよかったと思いますが?」


「君は優しいな。私は気が気でなかったというのに」





友雅はを後ろから抱きしめ、は体を友雅に預け、濡れ縁から月を眺める。



傍らには酒と、昼間の短剣を置いて。






「ふふふ、わたくしは愛されてますねぇ?」


「今頃気付いたのかい?」


「いえ?普段より感じ取っております」




腰に回された友雅の手を優しく撫でる。






「わたくしは、きちんと返せていますか?」


「何を?」


「あなたから頂いている、もったいなくらいの愛情」


「そんなこと、君は心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと返してもらっている」



「・・・・」






友雅がそう言うも、いまいち納得がいっていない様子だ。


はおもむろに短剣へと手を伸ばす。

友雅はその行動を咎めるでもなく、ただ見つめていた。


目の前まで短剣を持ってくると、まじまじと刃の部分を見つめた。


そして何かを思いついたかのように口を開く。




友雅は笑顔だ。


愛しい人にだけ見せる、優しい笑顔。










「友雅」


「ん?」




















「私、あなたを殺すわ」















そうだ芒で君にドレスを編もう














(「あなたが大好きだから」「では私も君を殺すとしよう」「今はやめてよ?」「もちろん、私だって嫌だよ」)