「あーんしてくださいな」










景時は一瞬何が起こったのか分からずぽけーとしてしまった。

目の前に居る可愛い彼女からのお願いは景時の思考回路を破壊した。



「景時さん?聞いてますか?」


「え、あ、あぁ!聞いていた・・・・けど」


「だったら口を開けてくださいな」




ソファの上に正座しているの方に顔だけ向けている状態。

景時はどうするべきか真剣に悩んでいた。








え、これは一体何?


"あーん"てこっちの世界でよく恋人同士でやってる"食べさしてあげる"だよね?


食べるならちゃんがいいけど───じゃなくて。








景時は読んでいた本を机の上に置く。




「どうしてか、聞いてもいいかな?」




するとは瞳を微かに潤ませて言う。




「景時さんは、私にあーんされるの、嫌なんですか?」


「あ、いっいや、そうじゃなくてさ!ち、違うんだよ!」


「じゃ、目を閉じて、口を開けてください」





こうなってしまってはそうするしかない。


好きな女の子に泣いて欲しくない、泣かしたくないというのは男の一般的な感情。

であるが故に、の言うとおり目を閉じて口を開ける。

一体何が起きるのか、予想もつかないけれど、食べ物の場合死ぬとか気絶という選択肢は消える。


の作るものは基本的においしいのだ。



の指が景時の唇に触れる。





「ん・・・」


「どうですか?」


「、チョコ?」


「はい」


「しかもほんのりコーヒーの味がするね」


「あ、分かりますか?」




景時の応えには嬉しそうに目を細める。




「景時さん、あんまり甘いもの好きじゃないし、コーヒー好きだし」


「考えてくれたんだ?」


「もちろんですよ」


「ありがとう」





おいしいよと言うと頬を朱に染める。

でもさ、と景時が続ける。




「どうしてチョコくれたの?」


「・・・あ、そっか。景時さんにはまだ話していませんでしたね。

 今日、二月十四日はバレンタインデーと言って、好きな人にチョコやお菓子や花や、何かを贈る日なんです」


「だから、オレに?」


「そうですよ?他に理由がありますか?」




きょとんとした顔をする。


の事だ、きっと将臣君や譲君にはあげていないのだろう。

そう思うと口元の筋肉が緩むのが分かる。





「でもオレは何もあげられないなぁ」


「もう貰ってますよ」


「え?」


「いつもいつも、返しきれないくらい貰ってます」




は目を閉じ、ゆっくり優しく微笑む。




「景時さんと居るだけで、私、たくさん幸せを貰ってるんです」


「それはオレだって・・・」


「景時さんが、私の世界に来てくれるって言ってくれた時、すごく嬉しい反面辛かった。朔やお母様のこと考えると」




景時はの手に片手を重ね、もう片方の手を頬に添える。




「大丈夫だって。朔も居るし。オレは君と一緒に居たかったんだ。オレが選んだ事で君が負い目を感じる事は何も無いんだよ」


「もう・・・だから大好きなんです。優しいから、甘えてしまうんです」


「オレは甘やかしたいんです」





飛びついてくるを抱きとめ、しっかりと腕の中に閉じ込める。

柔らかい髪の毛から、ふわっとの香りが漂ってくる。






あー・・・いい匂いがする。


くらくらするんだけど・・・駄目駄目っ!


せっかくのいい雰囲気を壊したくないし!










「景時さん?」



が顔を上げて景時の顔を覗き込む。

景時は顔を赤くして、視線を逸らす。

余りにも可愛いから、つい悪戯したくなる。




ちゃん、ちょっとじっとしててね」


「?」






ぺろっ






「っ景時さん!?」


「ん?」




の口元を景時が舐めた。




「"ん?"じゃないですよっ」


「嫌だったかな・・・?」


「嫌、なはずないじゃないですか・・・」


「よかった」


「何かついてたんですか?」





尤もらしい事をが聞く。


だが、景時は──







「何もついてなかないよ」






は目を少し見開く。





「じゃ・・・」


「オレがそうしたかったんだよ」


「・・・・・何だか、キスよりも厭らしいですよね」


「そうかな?じゃ、キスさせてくれるのかい?」


「嫌って言ったら?」





「無理矢理、かな?」






重なり合う唇。

同時に重なり、積み重なっていく月日。

合わせた唇は、さっき貰ったチョコより甘いのは、言うまでも無い。














用意していた残りは、室温で少し溶けていた。














ビター味のクリームで