眠っているとどうしても思い出してしまう。
あの感触。
人を斬る感触では無いけれど、血の滑り具合や暖かさ。
そして鉄臭い、血独特の臭い。
吐き気がする。
夢の中まで、オレを拘束する。
鎖で雁字搦めにされ、目隠しされ、何も見えない。
そこには、何も無い暗闇しか見えない。
それが、オレ自身だと言わんばかりに主張する。
夢の中で時々オレの目隠しは外される。
その時見えるのは、今までオレが殺してきてしまった人たちの死体。
どこかの邸で、床には血がたくさん流れていた。
オレはいつも正気を失ったように叫んで、目覚める。
なんとも目覚めの悪い夢だ。
だけど、今回は違った。
いつもの様に目隠しが外される。
たくさんの死体はなく、床に血も流れていない。
ほっと一息つくと、何かを抱きしめている事に気付いた。
何かと思って見てみた。
すると───────
「っ!?」
・・・・・夢、か。
最悪な夢だ。
今まで見ていた夢のほうが幸せだった。
どうしてあんな夢をオレは見てしまったんだろうか。
そうなってしまいそうで、自己嫌悪に陥る。
嫌な汗を掻いていた。
落ちている前髪を掻き揚げる。
布団の上についている方の手にくすぐったさを感じた。
視線を向けると、ちゃんが規則正しい寝息を立てて眠っていた。
髪の毛が触れたようだ。
真っ黒な髪の毛は、入り込んでくる月明かりを美しく反していた。
寝ているせいか、いつもより幼く見える顔は、安息の表情を。
その顔を見て、オレは安心する。
「よく寝てるね・・・」
顔に掛かっている髪の毛を退けてあげると、小さく呻く。
起こしたのかと不安になったけど、またすぐに寝息を立て始めてしまった。
オレが愛している人。
そして、こんなオレを愛してくれる人。
オレが守りたいただ一人の人。
八葉として、望美ちゃんを守らなくちゃいけないって分かってる。
でも梶原景時、一人のただの男として守りたいのは、この子だけ。
望美ちゃんの幼馴染で、望美ちゃんの親友。
その事実が、何れきっとオレを追い詰めてしまうんだろう。
望美ちゃんじゃなくて、ちゃんを悲しませてしまうのが、何より辛い。
「キミは、何処までオレについてきてくれるんだろうね・・・」
そう呟いて、微かに開いている唇に口づけを落とす。
面と向かったら出来ないと思う。
オレはずるいから、こういう時にしか積極的になれない。
深くなんて無い。
触れるだけの軽い口付け。
「ん・・・・かげと、きさん?」
「あ、ごめん。起こしちゃったかな」
「いいえ。どうかしたんですか?」
いつか望美ちゃんから聞いた物語のようにちゃんが目を覚ます。
寝ぼけているのか、まだ眠いのか。
焦点の合っていない何処か虚ろな瞳でオレを認識する。
「どうもしてないよ?」
「・・・・・・景時さんが、そう言うなら別に深く追求しませんけど、」
「ん?」
キミはいつもオレの気持ちを汲み取ってくれる。
話したくない・話しづらいことを、ちゃんと理解してくれる。
オレの意志を第一に考えて言ってくれる。
きっとオレは彼女の優しさに付け込んでいるだけなんだ。
最低な男だな、オレって。
そう思えば、何故ちゃんがオレを愛してくれているのか不思議でならない。
「いつも言おうとしてたんですが、愚痴とか不安なこととか弱みとか、私には見せてくれてもいいんですよ?」
顔をオレの胸に寄せてくる。
子犬や子猫が甘えてくるようだ。
「他の人には見せられなくても、私だけ、特別視してとはいいませんけど、そういう人が必要な時は私がなります」
「ちゃ─」
「だから、泣いてもいいんです・・・」
オレの服をぎゅっと掴んで見上げてくる。
その瞳には既に涙が浮かんでいた。
「泣いてるの、ちゃんだよ?」
「泣かないと、溜まり過ぎて体に、よくなくて・・・景時さん、滅多に泣かないから、代わりに、って・・・・」
「うん、ありがとう。ごめんね?」
涙を拭って抱きしめる。
「謝らないで下さいー・・・」
「ははは、うん。ありがとう、ちゃん」
縋り付いて来てくれるちゃん。
無垢な笑顔をオレに向けてくれるちゃん。
オレのためにその綺麗な涙を流してくれるちゃん。
この子がオレの唯一の救いだ。
その子を、オレがこの手に・・・・
あの夢だけは、忘れたくても忘れられそうに無い。
隙間から入ってくる風は、微かに梅の匂いを乗せてきてしまった。
冷たい春風