カラッと晴れた、寒空の下にて。

ガタイのそこそこデカい野郎が2人、街中をフラフラしていた。
 


只でさえ風の冷たい中、大の男が並んで歩いている姿は、何て華が無いんだろう。


…なんて、どうでも良い事を考えつつ、オレは先刻買った缶コーヒーを口に運んだ。



「悪いな、景時。病み上がりのトコ、連れ出しちまって」

「良いよ良いよ〜、この位」

 


隣を歩く男のへらりとした笑顔に零れてくる苦笑は、

申し訳なさからなのか、はたまた同情心からなのか。


どちらにせよ、この一見鈍そうで実は意外と鋭いこの男が、

我が幼馴染の一世一代の計画に気付かないように、オレは振舞わなければならない。

だからわざわざ、在りもしない買い物をでっち上げてコイツを連れ出した訳で、

失敗してしまっては、景時の人の良さやの気持ちが報われなくなってしまう。

一肌脱いでやろうと、譲と共にに約束したのだから、最後までその責務は果たしたい。


 


……果たしたい、んだが…


 


「はぁ〜…」
 


割と早朝に家を出て、早いもので、今は太陽が南中し終えた処。

その連れ回している間、景時はずっとこの調子だった。


談話をしている時はいつも通りのへらへらした笑顔を見せるクセに、

会話が途切れたりすると、ふと、思い出したように溜息を吐く。


コイツが溜息を吐く程気にする事といえば、勿論色々あるにはあるが、凡そ2つ位がメインだ。

だが、その内の1つに関わる妹の朔は、朝から普段通りに笑いも怒りもしていた。
 


と、なると、残る原因は1つしかない。
 


しかし、其方に関わるアイツは、オレに景時を連れ出すように言ったとは言え、

自分から「出て行け」とは言わなかった。

それに、喧嘩をしていた素振りも思い当たらない。
 



一体、何の為の溜息なんだ?これは…?

 


尋ねてみたい気もするのだが、溜息を零す背中を見ていると、

何だか訊いてはいけない気がして、結局今まで訊けずにいる。
 


…だからまぁ、せめて、と思って、コーヒーを奢ってやった訳なんだが。

2、3度口を付けたものの、それからは時折スチールの銀色をぼんやり見つめたりして、

今も、ぼんやりと薄く情けない微笑を浮かべながら項垂れている。


まるで、上司に怒られた後の新入社員みたいだ。

…イヤ、見た事はないけど。
 

 


会話の合間の沈黙は、特別苦手と言う訳じゃないが、此処まで勝手に凹まれていると、

正直、対処に困ってしまう。


これをどう打破するか。


今も、ショウウィンドウや様々な店頭のディスプレイをチラチラ見ながら、思考を巡らせてみる。

 





「…将臣くん」

「へっ?あ、な、何だよ?」

 


唐突に、景時が沈黙を打ち破った。

まさかコイツから発言が来ると思っていなかったオレは、驚きつつも何とか返答する。

「そんなに驚かなくても」とか、普段なら軽く苦笑してくれる処だと思ったが、

今湛えられている苦笑は、決して軽い気がしなかった。

しかも、オレの方を見ようともしないで、銀色を見つめたまま、ポツリと呟く。

 



ちゃんは、誰か、好きな人がいるのかな…?」

「…は?」
 



あまりに今更な質問に、オレは間抜けな声を上げてしまった。


イヤ、だって、お前ら相思相愛だろ?

周知の仲だって事位、お前だって知ってるだろ?


ツッコミを入れようとする前に、景時は言葉を紡いでいた。



「イヤ、ね…、最近ちゃん、譲くんと仲良いみたいだから」

 

ホラ、ちゃんと譲くん、最近ずーっと一緒にいるでしょ?

今日も一緒に、台所にいるみたいだし…

 

 



「………お前……」

 



苦笑と共にへらへらと続けられた言葉は、力を奪うには充分だったらしい。

側にあったベンチに、オレはよろよろと座り込んだ。



「あ、ま、将臣くん?」

「…ったく…、何処の乙女だよ、お前は。」

「え?」
 


ヘタレだヘタレだと思ってはいたが、まさかこんな乙女な展開になっていたとは。

何を深刻な悩みがあるのかと思えば、全く、拍子抜けも良い処だ。

大袈裟に溜息を吐いてベンチに全体重を預けつつ、

オレはぽかんと突っ立っている景時を見上げた。
 


「心配すんなよ。今のアイツが譲に傾くなんて、十中八九無い。」

「そ、それは譲くんに失礼じゃ…」

「イヤ、でも、マジで有り得ねぇから」
 


ヒラヒラと手を振ってやると、困ったような苦笑を浮かべている。

そりゃ、これだけキッパリ否定しちまったら、譲も不憫ではあるかな。

はははっ、悪いな譲!



「それに、幼馴染で姉弟みたいに育ってきてるからな。何かと一緒にいても、不思議じゃねぇだろ?」



あくまで、一緒にいるその主旨は語らずに、正論を並べる。

人差し指で頬を掻きながら、眉はハの字に、口は軽くヘの字に曲げているのを見る限り、

景時の奴は、引っ掛かるものがあるにせよ納得は仕掛かっている。


止めとばかりに、オレは背中をバンッと叩いた。



「いっ!」

「お前は、もうちょい自惚れても良いん……ん?」




最後の数文字が出て来なかったのは、軽快な電子音に遮られたからだった。

話の最中ではあるが、メロディからして、取らない訳にはいかなそうだ。

ポケットの中から必死に自己主張する携帯を素早く取り出して、通話ボタンを押す。

 



『あ、将臣くん?そっちはどう?』
 


 

ディスプレイの表示に違う事無く、ご機嫌な声を聞かせてくれたのは、

我が幼馴染の神子様だった。
 


「あー、今さっき人生相談に乗ってたトコだよ」

『人生相談?何、それ??』

「イヤー、別に?」



語尾上がりの言葉に、頭に疑問符を浮かべる姿を想像しながら、オレはククッと笑いを返す。

そんなオレを見ながら、景時も軽く首を傾げていた。

似合いの2人が同じ行動をしている様が何とも可笑しいが、

笑い続けていても話は進まないので、とりあえず話題を変える。



「で、そっちはどーなんだよ?出来たのか?」

『あ、うん!譲くんと朔に手伝って貰ったから、バッチリ!』

「ほとんど2人に任せたんじゃねーのか?」

『そっ、そんな事ないもん!』



冗談なのに、ムキになって返事をしてくる。

昔から変わらない一連の流れに、懐かしさに似たものを感じながら、

ふと、受話器の向こうのBGMに気付いた。



「何だお前、材料買い忘れか?」

『え?何で??』

「イヤ、今、外にいるんだろ?」

『あ、うん。いるよ、後ろに♪』

「後ろ…?」
 


首を緩く傾げつつ、振り返ってみる。

つられるように、景時も同じ方向を向いた。


そこには、
 

 


「景時さーん!将臣くーん!」

 

 

明るい笑顔で手を振る、幼馴染の姿があった。


後ろには、追いかけて来たらしい譲と朔もいる。

それを知っているのか知らないのか、手を振り終えたは、

小さな取っ手付きの箱を抱えながら景時目掛けて一直線に駆け寄った。


その流れに合わせるように、オレは譲達の方へ寄る。



「景時さん、これ!」

「へっ?」
 


が、景時に向かって真っ直ぐ、抱えていた顔を笑顔と共に差し出す。

ぽかんと間抜けた表情を浮かべる恋人に、は箱を開けて見せた。

途端に、景時の瞳が丸くなる。
 


ちゃん、これ…」

「何かお祝いしたくて…景時さんの、快気祝いです♪」

「…オレに?」

「はい!譲くんと朔に手伝って貰って、ちょっと形は崩れちゃってるけど、

でも、味は大丈夫だと思います!」
 

 


瞳を輝かせながら一生懸命に語るの姿を見つめながら、

譲に、声を軽く潜めて話し掛ける。
 


「ホントに上手くいったのか?」

「一部始終見てたけど、大丈夫な筈だよ」

「腹壊さねーと良いなぁ、景時の奴」
 


クックッと喉の奥で笑いながら、譲の呆れ顔を通り抜けて、

すっかり世界に浸り切っている2人に視線をやった。
 


先刻まで情けない笑顔を浮かべていた男は、不恰好で少し黒い焼き菓子を口に運びながら、

へらへらと笑っている。

但し、苦笑ではなくて、ほんのりと赤く染まった柔らかい笑み。


で、嬉しさを満面に湛えている。

 

 

 

 


あーあ。



乙女色全開。見てらんねぇぜ。
 

 

 

 



「さーて、オレ用事あるからお先〜」

「えっ、兄さん?」

 


くるりと踵を返すと、オレは人混みの中へさっさと消えた。


 

 

 

 

 


冷たい北風の吹き抜ける、白く低い空の下。


鉛色に染まりそうな気持ちに、ほんの僅か、

薄紅色が差してきた気がするのは、多分。

 


香ばしいコーヒーの匂いが、


甘ったるいバニラの香りに消されたから。



って、事で。

 

 

 

 

 

 

 


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維鈴柚架様に頂きました。