春雨、密やかに


柔らかな春雨が、地を打ち濡らしていく。
ぽつり、ぽつり、と地が色濃くなっていくのを視界に止めながら足を速める。
暫くは薄衣で凌げるだろうが、早く雨宿りする場所を見つけるのに越したことは無い。

「……季史さん?」
……?」

不意に呼び止められ、立ち止まる。
耳に届いたのは……可憐な少女の声だった。

「やっぱり。……雨宿り、よければご一緒に。」
「すまない。お言葉に甘えて、共に入らせてもらおう。」
「どうぞ。」

少女は身体をずらすと屋根の下に私を招きいれた。

「……少し、こちらに寄るといい。」
「……え……?」
「そなたの肩が、濡れるであろう?」
「……あ、いえ……私は構いませんので……。」

そう問答をしている間にも少女の肩が僅かではあるが濡れていく。
なかなかこちらに寄らない少女にじれて、私はその肩を抱き寄せた。

「あ……!」
「……濡れるぞ。」
「……はい……」

居すくまってしまった少女の肩に少し強引だったかと後悔したが、
少女が濡れそぼってしまえばそれはそれでまた後悔したであろう。
そう思い直して私は肩の力を抜いた。

ザ、と一際大きな雨音がしたかと思うと、視界を雨粒がゆっくりと奪っていった。
それでも春雨は夏の雨とは違って、どこか柔らかい。

「春雨……か……」
「……え?」
「いや……繰言だ。」

そう。この少女のように、どこか……柔らかだ。










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花鋳ちとせ様に頂きました。