「姫君、こんにちわ?」





「こ、こんにちわ・・・?」











俺が声を掛けると、姫君─は一体何処から出てくるんだ、とでも言いたげな顔をしていた。

神出鬼没が俺だからね(我が叔父上曰く。まぁ俺自身もそう思ってるけど)


神出鬼没な方が、姫君たちにとって印象が強いからね。


俺という存在を覚えていて欲しいだろう?


もっとも、今ではその意味も無いんだけどね。



俺の心は、もう既に一人の姫君の虜だからさ。






「ヒノエ、どうかした?」


「どうかしなくちゃ、逢いに来ては駄目なのかい?」


「いや・・・そういう訳じゃないんだけどさ」





は、望美たちの世界に居た可憐な姫君だ。




望美ももちろん、可愛いとは思うけど、俺のには敵うわけ無い。


そんなこと、の前で言った日には血の海を見ることになるんだろうな。

でも、ちゃんと俺が真剣に話すと、頬を心躍らす朱色に染める。




、今から時間あるかい?」


「今から?特に用事はないけど・・・」




「じゃぁ決まりだ」





俺はの手を握って、歩き出す。



の手の暖かさが、俺の手を介して伝わってくる。


たったそんなことなのに、俺の心臓は鼓動を早めている。





他でもない、だから起こる現象。






「フフッ」


「・・・・・何一人で笑ってるの?」



が大好きなんだなって確認したところさ」



「・・・・」





何も言わないを振り返ってみると、もこっちを見ていたらしく目が合った。






「どうかした?」




「!っ何でもない!」






顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。




まったく・・・どうしてそう可愛い反応しか出来ないんだろうね。


本人は意識していないと思うけど、それが余計性質が悪い。






・・・・意識していても嫌だけどね。






ちらちらこちらを見てくる様子に、俺はまた笑ってしまった。





















「ここって・・・・」


「俺だけの場所」




「ヒノエだけの、場所?」






を連れてきたのは、小高い山の頂上。




「・・・これ全部、熊野だよね?すっご・・・・」


「お気に召したかな?」






色々問題が出てきたり、悩み事があった時俺はよくココに来て、熊野を見渡す。


俺が守っている、守っていく熊野を全部見ることで、俺が悩んでいることが小さなことに思える。

心機一転、頑張ろうという気にさせてくれる俺の大切な場所。




俺は、どうしてもこの場所をに教えたかった。


俺がここまで好きになった女。

初めての。













誰のものにもしたくなくて


俺だけのものでいて欲しくて





いっそ


目隠しをして

手足を縛って










そういう考えまでもが、頭を霞めた。


そんな考えを持っていることに気づいた時、俺は俺が信じられなかった。





まさか、これ程あの女に惚れこんでいるのかと。


に、それほどの魅力があるのかと。








横を見てみると、未だこの景色に見惚れているの横顔がある。

俺はその横顔に見惚れる。



自覚してからは、すぐだった。


いつでも、目ではを追っていた。






「ありがとう、こんな場所教えてくれて。でも・・・どうして?」

「今日はの誕生日だろう?」

「たんじょうび・・・こっちの世界にもあるんだ」

「いや、望美に聞いた。"生まれた日を祝う"って」


「それで・・・態々?」




「あぁ。俺の大切な姫君がこの世に生を受けた日なんだ。ちゃんとお祝いしなくちゃ、罰が当たってしまうよ」



「大切って・・・」





の頬に朱が射す。俺はの前に跪いた。


そして、前が好きだって言っていたの指輪を左手の薬指にそっと嵌める。





これも望美に聞いた。





「ヒノエっ!?」


「フフッ、そんな顔しないでくれるかい?抑えが利かなくなってしまいそうだから」

「っ!ヒノエっ!」


「ハハハッ。ごめん。でも、抑えが利かなくなりそうなのは、本当なんだぜ?」






俺はの手を取り、薬指に口づけを落とす。

下から見上げると、頬が完璧に朱色になっていた。


にやりと笑って、立ち上がると目と鼻の先にの顔がある。

は思ってもみなかったのか、後ろに退いて距離を作る。

俺は後ろにあるものを確認して、そのままとの距離を縮めていった。

俺が前に進むたび、は後ろに退く。









トンッ






「え?」

「残念。行き止まり」




の退路は木に阻まれてしまい、俺に押さえつけられている状態になっている。

なんとか退路を確保しようとして、俺を押し退けようとするの手を掴む。

そのまま固定する。







「諦めなよ」





耳元で囁くと、びくと肩を振るわせる。


その姿が可愛くて、どうも苛めてしまう。



の抵抗が少なくなってくるのを確認してから、腕を掴んでいた手を放す。




手を顔に沿えて、その甘い俺だけの蕾に唇を合わせる。


ぎゅっと目を閉じる様子はやはり、俺だけのものにしたい、そういうものだ。


蕾の味を堪能してから、ゆっくりと放すと溜めていた息が俺の肌に熱を渡らせる。


















「ヒノエ・・・」











甘い声で、俺の名前を呼ぶ。











・・・」












意識しなくても、甘くなってしまう声。
















を抱きしめる。



柔らかい。


の柔らかさだけが、俺の芯まで何かを届けようとする。









俺は、そのまま、何も飾らずに、あるがままの言葉を、お前に届けようと、思う。















「生まれてきてくれて、ありがとう」















俺はこの日に、本当に感謝しよう。





















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維鈴柚架様へ、お誕生日お祝い。



2006.12.20