偶然か、必然か。




それともそう名の付いた、運命か。













愛せなかった愛しき人よ











「そうでしょうか」





それがアイツの答えだった


重衡が大将を勤めた、最後の戦以来、やけに楽しそうな顔をしている。

俺や、重盛兄上だけが、気付く程度だ。


まぁ、それだけコイツは感情を出さないということか・・・・・





「最近、やけに楽しそうじゃないか」


「そうでしょうか」


「あぁ・・・・・・・何か、いい拾い物があったのか?」





クックッ、と笑いながら言うと、重衡は少し目を見開いて驚いているようだった。


何だ、図星・・・・か。





「兄上は何でもお見通しのようで、少し恐れる時があります」





何時もの様に笑ってはいるが、その笑みに隠されている物が分からないほど俺は馬鹿じゃない。


隠していた物が見つかった様な焦り。

見つかってしまった物を危ぶむ動揺。


俺に見付かるのがそんなに嫌とは、余程のお気に入りなんだろう。



クッ、ご希望通り、見付けてやるか・・・・・



重衡が戦で留守にする時を見計らって、俺はアイツのお気に入りとやらを探す事にした。

確か、アイツに付いている女房が居たはずだ。

そいつに聞けば、すぐに分かるだろう。

何処に居るのかと、辺りを見回すと運良く、廊下をこちらへ歩いてくるのを見付けた。





「おい」


「あ、知盛様。如何なさいました――――ひっ」





女房を壁に押し付け、刀を首に沿わせてやれば殺す気も失せる様な情け無い声をあげる。





「重衡がこの間の戦で拾った物は何処にある」


「な、何の事で御座いましょう。わ、わたくしは存じ上げませっ」


「殺すつもりは無かったが・・・・・・偽りならば、殺す」





元々殺す気など本当に無かった。

こんな女、殺しても何も面白味も無い。

刀に血を塗る事になるのさえも、鬱陶しく感じた。


だが、殺されたくないのか、今度は素直に答えた。










言われた通りに廊下を進む。

重衡の部屋辺りかと狙いを付けていたが、離れの方に居るらしい。





「し、重衡様が、お持ちの離れに連れて来られた、方がいらっしゃいます」


「女、か・・・・・」





あの重衡が惚れ込む・・・・・・俺は俺の期待通りの女である事を願った。


どうせなら、面白い方がいい。


渡殿を過ぎた所で、辺りの音が入って来なくなった。

不思議なことだ。

母屋の音・気配が消え、俺とその女の気配しかしなくなった。

こんなことがあるのか、と笑いが込み上げて来る。

見張り役の女房たち―恐らく重衡が置いたんだろう―は下がらせた。



折角の逢瀬。


邪魔されるのは、ご免だからな。


離れに着いたものの、部屋は少なくとも十以上ある。

何処の部屋に居るのか、聞くのを忘れたな・・・・。

だが、一つ一つ探すのも面倒だ。

さて、どうしたものか・・・・





「・・・・・・・誰」





掠れる様な、小さな声。

だが、消えることなく、耳に入ってくる。

俺が、その場に立ち尽くしているともう一度、誰だと問う声が聞こえてきた。

一番奥の部屋に居るらしい。

俺は部屋の前まで行き、御簾を退ける。

そこで俺の目に入って来たのは、今にも消えそうな女。

綺麗に着飾り、濡れ縁に程近い場所に座り、力無く柱に寄りかかって俺を見ている。



どう言えばいいのか、分からなかった。

ただ幻想(まぼろし)の様だと思った。

手を伸ばし、触れ様としても、直前に光の粒になって消えてしまいそうだ。





「あなたは・・・・・・平 知盛」


「ほぅ。俺を、知っているのか・・・・」


「戦に出ている身なれば、知っていても可笑しくは無いでしょう?」


「お前が、戦?」





この今にも消えそうな女が戦に出ていた?

笑える冗談だ。

こんな女、戦に出ていたわけが無い。

生き残れそうも無いし、な。

俺の顔から汲み取った女が、己を嘲笑する様に言う。





「確かに、この姿ではそう見えませんね。ですが、本当ですよ?」


「重衡は、お前を帰りに見付けた村娘と、そう言っていたが」


「敵将を連れ帰り、況して囲うなど。問題以外の何物でもありません」


「将・・・・・」





冗談だとばかり思っていたが、どうやら違うらしいな。

女であれば、俺の纏う雰囲気に飲まれる奴が多い。

俺の名を知っていれば、尚の事。

だが、俺相手に臆する事無く、話すこの女。

本当に、将なのか・・・・・・


面白い・・・・・


俺は女の側まで行き、顎に手を掛けて俺のほうを向かせる。

距離はお互いの息を感じ取る程度まで。





「気に入ったぜ・・・・・?」





間近で見た女は、俺が見てきた抱いてきた女の中で、一番だ。

瞳に怯えは無く、媚も無く。

清々しい程だ。





「お前、名は?」


「、・・・・」


・・・・・・・・いい名前じゃないか」





己の名前を紡いだその唇に俺は喰らい付いた。

見た目薄いそれは思ったよりも柔らかく、思わず酔いかける。

は苦しげに眉を顰める。

俺はそんなに、俺という存在を流し込む。


深く、深く。


頬に朱が差し、俺を欲情させる。





「っは・・・」


「酔ったのか・・・・?クッ、初だな・・・・」





息を荒くしている。

だがその息が熱帯びているのは、確かだ。

俺はの体を押し倒す。

咄嗟の事で受身が取れなかったのか、今度は痛さで眉を顰めた。

両手を上の方で纏め、空いている手で指を輪郭に沿わす。

滑らかな肌だ。

吸い付くように俺の指を受け入れている。





「知盛殿は、こういう趣味が御有りか?」





意地だろうか。

それとも照れ隠しか。

どちらとも取れるその言葉。

俺の心に火を点ける事になっているなど、こいつは思ってもみないだろうな。





「私は、重衡殿に拾われた」


「だから何・・・・・・あぁ、重衡の物に手を出しているからか?ならば、お前はもう抱かれているのか・・・」


「っ!?」


「その通りらしい。反応だけは、生娘だな」


「っ煩い!」


「抱かれているなら、別に俺がお前を抱いても、何も問題は無いだろう?女房共は下がらせてあるからな」


「気付かれないとでも、お思いですか?」


「いや。重衡は気付くだろうな。敏感な、神経質な男だ、あれでも」





白い日に当たった事など無いのではないかと疑うような白い首に吸い付く。

息を呑むのが分かる。

着飾っている着物の帯を片手で解いてく。

一枚一枚、ゆっくりと脱がしていく。

こいつの焦る様子が堪らない。

最後の一枚、俺は脱がさず、その上から体の線をなぞる。

時折、体を震わして反応する。

感じているのか・・・・クッ。

いいじゃないか・・・・・もっと、もっとだ。





「なぁ、・・・・・」


「っ・・・・、何でしょうか、知盛殿」


「もっと俺を感じろ。俺という存在を、お前の中で確かなものにしろ」


「何をおっしゃ、って・・・・・ぁっ」





乳房を布越しに撫でる。

微かな声をあげる。

心地いい・・・・

殺し以外で、これ程俺を満たすものがあるとはな・・・・・・



だが、俺はこの女を、愛してなど居ないのだろうな。







この女も俺を、そして重衡を愛してなど居ないだろう。